18番発電所

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あやつり殺人事件

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 PURPRINさんのゲムマ春新作同人ゲーム。名前から分かる通り、ブルーノ・フェドゥッティの名作あやつり人形のドラフトルールをエンジンにして、あやつり人形のもっともホットなやりとりであるところの「暗殺者のピックとその回避」にフィーチャーしたゲームである。
 そもそも、本家のあやつり人形の暗殺者はトップ目を叩いて均衡を取るもので、基本的にゲームの終了を遠ざけるものだ。なので、収束性の観点から言えばあまり筋はよろしくない。
 このあやつり殺人事件はそこを明快に暗殺者が当たれば得点(「斬」の得点システムに近い)としたので、本来は下家の仕事として擦り付けられる暗殺者の仕事を明るく楽しくこなせるようになったのだ。1ゲーム30分程度で終わり、収束性は段違いに高い。ドラフト特有のダウンタイムはあるにせよ、それは会話と推理、互いの顔色を読み合う駆け引きを楽しむ時間で、ここもあやつり人形の長所だけを引き継いだような印象がある。
 ゲームは想像以上に面白く、今回のゲムマ新作のレベルの高さを感じた。ただ、若干カードの効果が乱暴でディベロップ不足を感じなくもない。最適な人数は5人かなあ。
 テキストがカードに記載されていないのでプレイアビリティもあまり良くない。ただ、カードに記載があっても全カードの一覧は欲しくなると思うので、現状の形でもあまり変わらない気もする。うーん。

 で、このゲームの頒布数は相当少ないとは思うのだけど、その少数の人にしか通じないであろうこのゲームの基本的な戦略を書く。備忘録以外の何物でもないw

 基本的にはキルチップ3枚を獲得するのが一番勝ち筋として現実味がある。人数が多いほどライフチップ喪失による終了トリガーは引かれづらくなるし、独裁者への誤爆はこれまでの経験上極めて少ない。
 ちなみにプロモカードの呪われた少女はここでは触れない。闇医者→呪われた少女の最速2ターン勝利がありうるのでちょいとバランス的によろしくない。特に6人プレイでは後述の殺人鬼もヤバいので、呪われた少女と殺人鬼、両方を過たず狙い撃ちするのは難度が高すぎるのではないかなあ。
 で、殺人鬼。6人プレイでは一気に3人を殺して勝利することができるので、6人プレイではまず仕事をさせて貰えない。
 殺人鬼を封じるためにはこのラウンドで殺人を起こす必要があるのだけど、基本的にはテロリストが生存していればOK。テロリストが独裁者を引き当てない限りは殺人鬼の効果は発動しない。
 ただ、このゲームで一番キルチップを取りやすいのがテロリストでもあるので、これを放置するのもヤバい。ということで暗殺者のターゲットは基本的にテロリストになる。テロリストが死ねば殺人鬼の出番もなくなるしで一石二鳥だ。
 暴力警官も同様にテロリストを掣肘する立場にある。ただし、こちらは殺害対象が暗殺者と被った場合、暗殺者が優先するルールなので、できれば違う標的、殺人鬼本体を狙いたい。もしくは暗殺者を狙うか。
 難しいのが悪徳探偵で、チップを稼ぐだけなら普通に暗殺者を後追いすればいいのだけど、下手にそれで殺人鬼が発動すると目も当てられない。これはテロリストが落ちてて暴力警官が指定をミスった場合にありえる。これで暗殺者の暗殺を失敗させると殺人鬼が発動してしまうのだw 悪徳探偵は時にはガードを無駄撃ちせざるを得ない場合もある。

 独裁者、闇医者は地力で得点を取るキャラじゃないので人気薄。独裁者は要は王様なので次ラウンドの得点機会が増えるのが大きいと言えば大きい。闇医者は放置するとライフチップが際限なく増えていくけど、だからどーした、という感じでもある。

 とまあ、そんな感じで、特に6人だと暗殺者のテロリスト狙いが鉄板なのでちょいと選択肢の幅が狭い気がしなくもない。ただまあ、選択肢の幅が狭いとは言っても人気通りにピックすると刺されるのはあやつり人形と同じだし、肝心要の標的が落ちていることもあるので、そこは敢えて外す選択も意味を持つ。ので、これはこれでいいんでないかなあ。
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[ 2014年06月18日 23:53 ] レビュー・感想 | TB(0) | CM(0)

狸神家の一族

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 狸神家の一族は春ゲムマでお目見えしたバネストさん恒例の無料配布ゲームなんだけど、これがいつもの無料配布ゲームの常であんまり話題になっていない。無料のゲームよりも先に大枚はたいて買ったゲームの方を語りたい気持ちはわかるし、そして遊ぶ機会を窺っているうちに忘れられてしまうというのもこれまたわかるw ただ、まったく触れずに終わってしまうには惜しいデキのゲームなのでここでちょいと触れておく。ツイッター検索したけど1件も引っかからなかったってのは余りにも不憫だw
 バネストさんの無料配布ゲームは通常シールの形で配布される。プレイに必要なカードやらチップやらにこれを貼り付けて遊べる形にするのだ。PnPに近い形とも言える。
 で、今回は幸いな事に萬印堂のブースでカード・チップ・タイルの詰め放題一袋500円という催しがあったので、幸いにも手元に素材となるブランクカードやチップがあったのだw これをフリースペースで手早く貼り付けて完成。早速遊ぼうぜという運びになった。

 さて、狸神家の一族はフレーバーが割とキテる。インテリ、金持ち、イケメン、カリスマと言ったリア充を逆恨みしたとある狸は、狂気からリア充を包丁で襲う狂人「狸神様」と成り果てた。プレイヤー扮する「幸せな人々」は、そんな狸神様に刺されないように逃げることが目的となる……
 この辺、アル隊長の熱演もあり、舞台説明で大層盛り上がったw 自分でインストする場合にも情緒豊かにリア充への恨み辛みを読み上げたいところだw
 とまあ、テーマはアレなんだけど、アートワークは軽くてポップで陰惨な雰囲気はまったくないw まあ、これでリアルなのをやられるとそれはそれで困るんだけどw

 システムとしては簡単なセットコレクションといった感じだろうか。4スート4ランク(1,2,3,4)のカードのうち、「同一スートの連番3枚を集める」か、「同ランクのカード3枚を集める」ことで、ラウンドから「抜ける」ことができる。
 スートはそれぞれインテリ、金持ち、イケメン、カリスマを表しており、これら3枚を揃えることで「溢れんばかりの財力で屈強なボディガードを雇った」などの解決手段を講じて狸神様の襲撃を避けることができた、という意味になるらしい。
 これらのカードを手札として3枚持ち、自分の手番では主に他プレイヤーとの交換を通して手札を揃えることを目指す。手札が揃ったら自分の手番に「抜け」を宣言。以後そのプレイヤーは惨劇を高みから見物する立場になる。
 誰かが「抜け」る度に標的カードがめくられて狸神様の新たなターゲット(スート)が確定する。標的カードが3枚出揃ったところで終了トリガーが引かれ、最後に1手番だけプレイ。「抜け」ることができなかったプレイヤーの中で、指定のスートを一番多く持っていたプレイヤーが、哀れ狸神様の凶刃に倒れることになる。
 躯と化したプレイヤーは惨劇チップを1枚獲得する。誰かが惨劇チップを累計3枚獲得した時点でゲームは終了、という運びだ。

 欲しいカードが被らない限りは、大抵数回の手番で手札は揃う。下手をすると配牌の時点で既に揃っていたりするw このスピード感がこのゲームの最大の魅力だ。一見乱暴にすら思えるこの収束性の高さが独特なプレイフィーリングを醸している。
 このゲームで一番楽しい瞬間が、申し込まれた交換をカードを見ずに即断ることだ。それはつまり既に手札が揃っていることを意味していて、「早くしないと狸神様に刺されちゃうよ~ん。オレは関係ないけどね~?」という無言のアピールにもなっているw 
 基本的には誰か2人が抜けを宣言した時点で終了トリガーが引かれるので、1人が抜けたら後はもう必死だ。1人目が「抜け」に使ったカードが情報にもなるので、それを踏まえて一番早くて完成しやすい終了型を模索することになる。
 このゲームはクニツィアのカードゲーム「ゼロ」のテイストに近いと言えば近いかもしれない。4人プレイでは最初にこのラウンドで使わない2枚のカードをオープンして情報にするんだけど、例えばオープンされたカードが青の2だったら、このラウンドで青の連番が完成しないことがわかるので(1,2,3も2,3,4も完成しない)その完成形を狙っても仕方がない。ということは使いづらいそれらのカードが交換に出てくる可能性が高いという意味でもあるし、逆にそれらのカードを使った別の完成形を狙うのが得策という意味でもあるし、更に言えばそうした狙いは被る可能性が高い、という意味でもある。この需求にアクセントを加えた作りがなかなかよくできているw

 きちんとコンポーネントを揃えればゲームマーケットの諸作にもタメを張れるゲームだとぼくは感じた。このまま500円ゲームズとして並べられても違和感はないように思う。
 まあ、無料ゆえのハードルの低さも多分にあるかもしれないけど、一緒に遊んだ人がゲーム欲しさに慌ててバネストに向かったことを考えれば、この感想はぼくだけの突飛な感覚ではないと思う。少なくとも同席したメンツは同じ楽しさを共有していたんではないかなあw
 ということで、今回のバネスト配布ゲームはかなりの当たりだったのではないかと思う。普段貰ってないから、これが平均的なのかどうかは知らないけどw

 実は前日遊ばせて貰った潜乳がトリックテイキングとしてはちょっと乱雑というか、目的カードで決まるところがかなり大きいゲームだったので配布ゲームにはあまり期待はしてなかったんだけど、こっちはよく纏まったゲームで驚いた次第。潜乳はなんていうか「Aカップにも役目はありますよ!」と思わせておきながらやっぱり同カップだと「貧乳死すべし慈悲はない」なのがあんまりだ……と、えーっと、ぼくの隣に座っていた人が言ってましたw
 このゲームは「リア充氏ね!」と言いたいだけのテーマだけのゲームかと思いきや、数字で作られた芯の通ったゲームだったので予想外のプラス補正があったというか。バネストさん、こっち製品化しませんかね?w
[ 2014年06月13日 20:18 ] レビュー・感想 | TB(0) | CM(0)

名もなき魔王は春ゲムマ最大の傑作! ……というのは錯覚なんでしょうかねえ?

 今回のボードゲームマーケット2014には水面下の流れとして「ミニマリズムへのカウンター。重ゲームの復権」というテーマがあるのではないか……という意見は、多くのゲーム数寄者の共有する見解でしょう。割合で言えばやっぱり軽いゲームが多いのは事実ではあるものの、作るにも遊ぶにも時間と労力が必要な力作が増えた印象はあって軽薄短小のシーンを嘆く諸氏には朗報なのではないかと思われます。ぼく自身はと言えば重いゲームも軽いゲームもどちらも好きではあるんだけども、ゲーム仲間からは「ラブレターみたいなゲームばっかりじゃつまんないよなー」という声は時折聞くワケで、その気持ちもわからなくもないという。まあ、重ゲーム好きですよw
 さて、そんな歯ごたえのあるゲームを求める人達にとって、今回のゲームマーケット2014春での最高の回答はなんぞや、と問われれば、断言してしまいましょう、「名もなき魔王」がそれです。このゲームはゲムマ明け1週間足らず、いや、実際遊んだのはゲムマ後のゲーム会だから、ゲムマ閉幕4時間後の時点で「ゲムマ2014春で最高のゲームであることは間違いない」とぼくに確信させた、それぐらい際立ったゲームです。ダンジョンオブマンダム以来の衝撃でした。
 もちろん、ぼくはまだゲムマの新作殆どを遊んでいません。戦利品もまだ開封していないものが多いです。それでもこのゲームの完成度は他の追随を許さないだろう、という確信を得てしまったのです。もし例外があるとしたら、このゲームを作った蓑竹屋GAMESさんのような全くの新規のサークルだろうと。でも、新規のサークルが同時に傑作を生み出すような、そんな奇跡が現在の日本の土壌でありえるだろうかと考えたら、それは疑わしいと言わざるを得ないし、となれば、やはりこのゲームが真打なんだな、と結論づけるしかない。それほどこのゲームは圧倒的だったんです。

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 ゲームの内容を説明すると、名もなき魔王は、プレイヤー扮するかけだしの魔王がそれぞれの軍団を率いて勝利点を集める競りゲーです。ルールはごく簡潔で、一部キャラクターの特殊能力が駆け引きを彩る作りになっています。
 古典的なドイツゲームに比してもいいほどルールはシンプル。しかしながらテキスト主体の特殊能力はTCG文化の雰囲気を醸していて、立ち位置としてドイツともアメリカとも言いがたいハイブリッドな仕上がり。このゲームの文化的立場を一言で言えば、モダンゲーム、としか言いようがないです。
 競りと拡大再生産が本作の主要なメカニズムですが、まず驚かされるのが「ラウンドを跨いでのお金の持ち越しがないこと」。つまり、競りゲーでよくある風景、このラウンドをしゃがんで次のラウンドで飛躍する、あの光景がない。毎ラウンド常に全力勝負を余儀なくされます。
 しゃがみがないとみんな理解しているから、競り合いは熾烈。況してやこのゲームは拡大再生産。競り負けることは以降の不利に直結します。救済措置が用意されてはいるけども、やはり競り勝つことを第一に考えなければなりません。競りが始まってしまえば非公開情報、運要素一切なし。終了形を読み切るパズル的な趣になります。
 そして独特のリソースマネジメント。競りに勝ったとしても払えるお金がなければカードを獲得できないというルールが意外な展開を生み出します。このゲームのジレンマと醍醐味がまさにここにあって、この楽しさの一端は公式サイトの練習問題でも味わえます。

 http://minotakeya.biz/namonaki/namonaki_30.html#navi

 ぼくも当然このページにはゲムマ前から目を通していて、練習問題もウンウン唸りつつ解いてみました。綺麗な解法を得てなるほどなーと唸ったクチではあるのだけども、でも、同時にこう思いもしました。

 「いやいや、これはこのゲームの一番面白いタイミングを抜き出しただけじゃないの?」

 しかし、ぼくのこの考えはゲーム開始5分で吹き飛びました。練習問題と同じ3人プレイだったこともあって、まったく同じ場面がテーブルの上に広がったのです。進研ゼミのマンガの女の子が口にする例のフレーズをぼくは思い出しました。
 そして、この「このゲームで一番面白いタイミング」というやつは、これから先、何度も何度も姿形を変えて現れるんです。それはつまり、面白い場面がずっとずっと続くってことなんですよコンチキショウ!
 なんというか、思わず吠えてしまうくらいよくできているのですよ。「1ゲームにおける面白い局面の割合を増やすこと」がディベロップの目的であるとしたら、この仕事はまさにそれを体現しています。
 このゲームの前評判としては、特にアートワークの美しさが長所として語られることが多かったように思います。それは反面、ディベロップの甘さを予感させるものでもありました。
 これも変な感覚ではあるんですが、現在の日本のインディーゲームの市場でアートワークとディベロップが両立するなんてのは奇跡としか言いようがない。ある種の諦観とも言えます。そこまで優れたものをインディーズに求めていないと言うか。仮にそのハードルを設けるとしても、それは実績ある数少ないサークルの力の入った作品にしか求めたりはしないんですね。
 だからこそ今回、面白い重ゲーを求めたコアゲーマーはこれまでの実績がある他のゲームに流れたような感があります。それは漁火だったり江戸職人物語だったりArs Alchimiaだったりね。
 だけど、ぼくがこのゲームに予感していた懸念は見事に吹き飛ばされてしまいました。となれば、もう脱帽するしかない。アートワークとゲームデザインがハイレベルで両立したこの作品。これだけのゲームが突如として現れる日本のゲーム市場は想像以上に実り豊かな種が撒かれている土地なのかもしれません。

 ぼくがこのゲームのデザインで美しいと思ったのは、競りに出されるカードはプレイヤー人数+1枚という点です。つまり、競りを放棄するプレイヤーがいない限り、誰か1人だけが2枚のカードを競り落とすことになります。
 言うまでもなくとても有利で、何より自分だけが2枚のカードを独占できた、という事実はとても嬉しい。アルハンブラの追加アクションを獲得した時の嬉しさに似たものがあります。
 そして、次のラウンド。最も多くのカードを競り落としたプレイヤーがスタートプレイヤーになる、というのがキモです。このゲームのスタプレは総じて不利。カードを2枚競り落としたことで優位には立つけれども、同時に次のラウンドはハンデを負ったスタートになる。伸びたプレイヤーを叩く負のフィードバックが物凄くスマートな形で実装されているんですね。
 まあ、4人プレイだと2枚競り落とすのが2人って場面もあるかもしれませんが。基本的に2枚のカードを悠々と落札できるほど余力のあるゲームではないので、1ラウンドに1枚、巡りが良ければもう1枚落札、みたいな場面の多いゲームではあるのでそこはどうなんでしょうかね。

 もう一つ印象的な体験を挙げましょう。このゲームは序盤に金を生み出す土地カードが競りに出てくるんですが、そのカードにはかなり大きなマイナスの勝利点が付与されています。序盤のやりくりはラクになるけど勝利からは遠のく。まあ、借金みたいなもんですね。
 で、これを数多く抱えてしまったぼくは「多分これは土地破壊するカードとか出てくるな! それかプエルトリコのギルドホールみたいなヤツね!」とかうそぶいてたワケです。同席者の希望もあってぼくたちはカードの内容を知らないままにプレイしていました。
 で、最終ラウンド。ありました。土地のマイナス点をゼロにするカードと、持ってるゴブリンや秘宝の数だけ勝利点が入るカード。まあ、ギルドホールですね。
 こういうカードを仕込んでいるあたり「わかってる感」が凄いあります。多くのドイツゲームでよく見た光景がきちんと踏襲されているのはやはり今の時代のゲームなんですよね。まあ、必要なカードが競り落とせなくて結局ゲームには負けたんですがw

 ゲームは2時間を越えて終了。とても濃密な体験でした。
 2時間ですよ。箱にもプレイ時間は90分+長考の時間と書かれています。人数が増えればさらにプレイ時間は伸びるでしょう。
 カードだけでこの重さ。ボードはないけど、まあ、カード置き場のボードでも作ろうと思えばやれるデザインです。
 で、ゲームが終わったあと、ぼくはこれまで書いてきたような賛辞を仲間に捲し立てたかと言えば、実はそうでもなくw ぼくはこのゲームを傑作と評していいのか唸っていたのです。
 ゲーム自体の評価は、今とあの瞬間で大きくは変わりません。それにも関わらず戸惑ったのは、つまりこのゲームはぼくだけにクリティカルヒットした、とても狭くて深いゲームなんじゃないかと思ったからです。
 つまり、このゲームを傑作と評価するためには、そもそもぼくが好きなゲームとは何か、その評価基準を明らかにしなければならない。そんな強迫観念に囚われていたんですね。大げさなw
 ぼくがゲームのルールを読んで好みを大別する際、最も重要視する点が運要素です。ぼくの最も好きなゲームのうちの一つ、テラミスティカはセットアップを除けば全く運要素がない。そこまでは行かなくても基本的に運要素は少ないほうが好きです。アブストラクトにトッピング程度の運要素。これが一番しっくり来る。ロシアンレールロードとかもそんな感じですね。
 そして、このゲームの運要素は競りのカードがどの順番で出てくるか、その部分しかない。その上カードはABCの3つのデッキに分かれているので出現順はある程度コントロールされています。倉庫の街を想像して貰えればと。

 倉庫の街、で思い出しました。ぼくは自分でもこのゲームが欲しくなったので箕竹屋GAMESさんに再販予定をメールで尋ねたんですが、その中でこのゲームが元にしているのは倉庫の街だという話を聞いたのでした。
 倉庫の街! それか! 実はぼくは倉庫の街をプレイしたことがないんです。YUCATAでいつでもプレイできるからと後回しにしてしまった例のやつ。なので今、ぼくは慌てて倉庫の街を野良プレイしている最中ですw
 だからもし倉庫の街を既にプレイしたことがある人は、ぼくほどの劇的な体験はないかもしれない。「倉庫の街になんか付け加えただけね」で終わるかもしれません。
 ただ、倉庫の街のルールを読む限り、名もなき魔王とは外観は似ている(プレイヤー人数+1枚のカードを競り落とすとか)けども、中身としては全くの別物に感じます。倉庫の街の代表的なメカニズムであるところの、あの行列値付けも別に取り入れられているワケじゃない。ジレンマとカタルシスを覚える部分は違うように感じます。
 まあ、実際どの程度違うかはこれから倉庫の街を進めて理解するしかないですね。始まったばかりだけどw

 そう言えば、ぼくは前に遊星からのフリーキックさんのオートマチックフロンティアを「素晴らしい傑作だ!」と諸手を挙げてブラボーしたことがありました。その後、ぼくはあれの元ネタの一つがフェルトのドラゴンイヤーだと知って愕然とするんですが、それはフェルト作品の素性の良さを裏付けるものなのかもしれません。多分、アメリゴ辺りを元ネタにしたゲームを誰かが作ったらぼくはまた絶賛すると思いますw
 つまりぼくはフェルトゲーが好きなのか?w いやいや、フェルトはそんな好きなデザイナーじゃないんだけどなw ……という先入観に縛られているのかもしれないので、フェルトが変名でゲームを作ったらぼくはどう評価するのかな、とかどーでもいいことを考えたり。
 とは言え、倉庫の街から要素を抜いて、新しく要素を付け足す。その換骨奪胎の過程はやはりデザイナーの手腕なので、この完成形に持ってきたのは素晴らしいと素直に思います。

 さて、ここまで褒めてばっかりなので懸念を挙げようと思います。今回は3人プレイだったので4人だとどうなるかわからない、という点がまずあって、4人だとおそらく3人よりはギスギスが緩くなる。まあ、3人だと誰かと誰かが殴り合えば残った1人がトクをするという恒例のパターンになるので、ギスギスがこの上なかったのですw
 基本的にこのゲームは拡大再生産なのでスタートダッシュで躓くと不利になるのではないかと思います。その不利の程度がどのくらいかわからないけども、よく考えずに適当な一手を打つと強烈に響くので、まあ、初心者と遊ぶ時は巻き戻しもOKくらいの考えで臨んだ方がいいかもしれません。
 また、ユニットの中には競りに参加しているユニットを除去する能力を持ったユニットがあります。特定のプレイヤーを狙うことが容易なので、バランス感覚のあるプレイヤー同士で遊ばないと報復につぐ報復の直接攻撃の乱打になる可能性も。まあ、攻撃にもコストが必要だからそうそうゲームは壊れないとは思うけど……
 あと、キングメーカー的な一手が凄い見えやすいw これは非公開情報がまったくないパズル的なゲームなので仕方ないんですが、オブラートに全然包まれていないのでそこは心を広く持ちましょうw
 と、考えると今回はメンツに恵まれた感も否めない。ゲーム経験豊富な仲間なので、トップを叩くバランス感覚は共有できていたし、仮に不本意な叩かれ方をしてもお互いグチグチ言わないのでその辺は気兼ねなくやれました。メンツの向き不向きというのはあると思います。

 そう考えてみると穴はないワケではないのかもしれない。ドイツゲームの美しさから若干アメリトラッシュの派手さに振った感のあるゲームで、やはりぼくの趣味にマッチしただけという可能性は大いにあります。
 競りによる自律的バランス調整、拡大再生産、アブストラクトとパズル性、適度なテキスト特殊能力、やはり自分向きの要素は多いです。それが万人受けするかと言えばそれはどうだろう、という疑問はあります。
 まあ、なんというか、こうまで考えさせる時点で大したゲームというか、「優れたゲームは自己を映し出す鏡のような役割を持つのかもしれない」とか思ったりもしたんだけども、ともかく現時点でぼくが切望しているのは「ぼく以外の誰かの『名もなき魔王』の評価」です。ぼくがこうやって名もなき魔王の感想を書くのは、「みんな急いで名もなき魔王を遊んで感想書いてよ!」と言った願いによるものだったりします。
 なので、みんな1日も早く遊んで「言うほどじゃねーじゃねーか!」とか書いて欲しいw この体験はぼくだけの錯覚ではないかという思いを未だに捨てきれないでいるのも事実なのでw ぼくは基本的には長いものに巻かれた方がラクなタチなのですw
[ 2014年06月05日 23:40 ] レビュー・感想 | TB(0) | CM(5)

ロイヤルターフとワーカープレイスメント

 前回のジジニャーゴの感想で書き忘れてたことが1点ありました。あ、いや、2点かな。
 一つはロイヤルターフとワーカープレイスメントの相性について。ジジニャーゴはロイヤルターフと同様に賭けフェイズとレースフェイズの二段構えになっているんですが、ロイヤルターフの賭けフェイズは基本的に「後手有利」です。
 これはロイヤルターフのシステム上、相乗りが基本戦術で、相乗りするかしないかの決定権を後手番が握っていることに起因します。ロイヤルターフの最終レースでは、スタプレ(その時点で一番獲得金額が大きい人、1位の人)がベットした馬はスルーされるのが常です。切ないw
 単独ベットはリターンも大きいですが…… 回り全てが非協力的なことを考えればゴールは難しいですわね。

 一方でジジニャーゴはワーカープレイスメントです。で、ワーカープレイスメントの特徴は「先手有利」なことです。
 実際、ジジニャーゴの第2、第3レースの賭けフェイズは最下位のプレイヤーから始めるルールになっていて、文面からも先手有利をアピールしています。ここ、興味深いところです。

 元々後手有利なロイヤルターフにワーカープレイスメントを持ち込む際、一番歯車がギシギシ軋んだ部分はここじゃないかなと思うんですよね。まあ、ロイヤルターフのインターフェースはワーカープレイスメントに近しくはあったんですが、根本的に違う部分があります。ソレはなんでしょうか、という話です。

 答えは排他性の有無です。排他性の強弱は様々ですがワーカープレイスメントの根幹たる「早い者勝ち」を実現するにはバーゲンセールよろしく商品が有限でなければなりません。在庫が無限ならそもそも奪い合いは起きないワケです。人が捌けてからゆっくり手を伸ばそう、ってなりますしね。
 で、排他性を持たせるためにジジニャーゴは猫のベットに「プレイヤー人数-1人まで」という制限を設けたんですね。たったこれだけの制限ですが、これでゲームがどう変わるかというと、「自分がベットを避けた猫は次の手番にはもうベットできなくなってる」可能性が生まれたんです。
 ジジニャーゴもロイヤルターフ同様に相乗りが基本戦術のゲームです。そしてロイヤルターフでは常に相乗りするや否やの選択権は後手にありました。が、ジジニャーゴでは逆に相乗りの選択権を先手が強く持っているのです。後手は自分一人だけがハブられる恐怖に怯えることになります。
 まあ、後手が結託して先手をハブることもできるんですが、スタプレはその時点の最下位のプレイヤーなので、「勝ってるプレイヤーと負けてるプレイヤー、協力するならどっち?」というのは、多少のマルチゲーム経験のある方なら簡単に答えの出る設問だと思います。そういうゲームです。
 これがゲームデザインですよね。

 もう一つ、ジジニャーゴはストーンエイジの資材調達よろしく、自分のコマで1匹の猫のベットを埋め尽くすこともできます。なので有力な猫の勝ち猫投票券を先んじて買い占めることもできるんですね。
 が、このルールは現状、機能してるのかなー、どうかなー、というのはちょっとわからなくて。というのは、ベットが埋まった猫はオッズが下がるのでワーカー1個辺りのリターンが小さくなるんですよね。それなら1個1個別の猫にベットした方がオッズ的には得だし、相乗り上等の原則から言っても正しいし…… となって、1匹の猫に集中投下するのは、さて、どうなんだろうという感じです。
 ただこれ、3人で遊んだ時の感覚だからそう思うのかもしれないです。このゲームは人数による出走猫の頭数には変化がないので、人数が少ないと椅子取りが緩くなるんですね。
 フルメンバーだと必然的にどの猫もベットが増えてオッズが下がりますし、そうなると2個3個とワーカーを投入してバックを得る、複勝馬券から単勝馬券に切り替えていくような感じになるのかもしれません。まあ、一度フルメンバーでやってみたいですね、という毎度の結論になるんですがw


 あと、最初に書いた言っておきたいことの2つ目なんですけど、これはゲーム単体の感想というよりはデザインされたimagine GAMESさんの印象なんですけど、今の日本の同人ゲーム界隈でこれだけ強烈なインタラクションをゲームに盛り込む人って珍しいと思うんですね。強烈ってのは言い換えると泥臭いって意味でもあって、凄く今っぽくない。
 これはいい意味なのか悪い意味なのか、って聞かれると答えるのが難しいんですがw 古典的ドイツゲームが好きな人には間違いなく当たりだろうし、そうじゃなくてもっと近代的なゲームが好きだって人にはややもすると乱暴な調整に感じるかもしれません。
 自分はどちらかと言えば近代のスマートなゲームの方が好きです。インタラクションがない、と言い換えられる近代的なゲーム、そもそも近代らしさってなんだ、という定義をすると、一つの方向性として「他人の力を借りずに勝てるゲーム」というのがあります。
 ともあれ、古典的ドイツゲームってのは相乗りで利益を得る手段(正のインタラクション)、出た杭を叩く手段(負のインタラクション)が用意されているので、それを活かして自分ひとりだけの利益を追求するのではなく、自他の調和を図りつつ、勝負どころで抜けだす、と言ったような展開が要求されるワケです。最近のはそーゆーのは考えずに自分の利益だけ追い求めてればええ、みたいなw そういうの多いですよね。
 で、今の日本の同人ゲーム界で古典的ドイツゲームの空気感を一番再現しているのが実はimagine GAMESさんなんじゃないかなと思っています。そういう意味で東京ドイツゲーム賞の受賞は凄く納得してるんですよね。実物見てもいないのにw
 でまあ、そう思うのは、このゲーム単体を見て、というよりも前作の「こびとのくつや」が自分からしてみるとインタラクションが凄まじく強すぎると感じたからで(買わなかった理由の一つもそれで)、この人はそーゆー作風なんだなという印象が前々からあったんですね。元ネタのロイヤルターフもインタラクションはかなり濃厚で、ジジニャーゴは所々にそれを薄める仕掛けはあるんだけども、やっぱりドイツゲーム風に仕上がってます。
 で、何を言いたいかというと、こういうゲームは希少なので、ありがたい話ですよねってことで。もっともっとこういうゲームが増えてくれると自分は嬉しいですw 自分だけかもしらんけどもw
[ 2014年03月23日 01:56 ] レビュー・感想 | TB(0) | CM(0)

ジジニャーゴ

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 imagine GAMESさんのゲムマ大阪出展作品。副題はネコとネズミのチューレースということで、まあ、色々入り混じってますねw タイトルのジジニャーゴはゲームに登場する猫の名前。1枠1番。
 ワーカープレイスメント式のロイヤルターフ・シープレース風味という一通りの紹介は、実際これだけだとなんのこっちゃという話ではあるw ロイヤルターフをベースにしているとは言え、実際はかなーりカスタマイズされている印象。

 1ゲームは3レースを通して行う。3レース目だけは1レース、2レースの上位3着までの猫が勢揃いする決勝戦的な構造で、初戦を勝ち上がってきた有力猫達が揃うパドックはちょっとした見応えがある。弥生賞とスプリングSの勝ち馬が皐月賞で並ぶような感じというかw
 また、1レース、2レースでは自分がオーナーになる猫が秘密裏に決められる。決勝戦の着順次第でオーナーにバックが入るので、オーナーはなるべく自分の猫を勝たせなければならない。とはいえ、露骨に自分の猫を贔屓すると途端に回りからボコられるので、肩入れはそれとなく自然に行うべきだろうw
 まあ、言わばアンダーカバー的な正体隠匿要素だ。このへんの構造はシープレースから着想を得たものだろうね。

 ゲームは大きく賭けフェイズとレースフェイズからなる。賭けフェイズはスタートプレイヤーから順繰りにワーカーとなる子分ネズミをプレイスしてアクションを選択する。
 選べるアクションは「猫へのベット」「猫への騎乗」「猫の餌の調達」「スタートプレイヤーの選択」。スタプレは一人しか選べないので、実際は選択肢はそれほど多くはなく、簡潔に纏まっている。猫へのベットを中心に、後は相乗りするか、餌で猫を強めるか、騎手を志願して強まった猫のおこぼれに預かるか、そんな駆け引きが展開される。
 このゲームはロイヤルターフと同様に相乗りが重要だ。で、ちょっとそれを抑制するために1匹の猫にベットできるのは「参加プレイヤー数-1人」という制限がある。実際、ロイヤルターフでは全員がベットして空気化する馬とかいたので、まあ確かに必要な処置ではある。
 餌を用意するとチーズ(勝利点)が貰えるとかは、まあ、凄くゲーム的な都合の匂いがするんだけど、それはさておきw

 全員が賭けを終えるとレースフェイズに移行する。レースフェイズは各猫に対応したダイス6個を一度に振って出た目の数だけ進む。うむ、つまりはすごろくだw
 しかしながら当然ただのすごろくではない。手番のプレイヤーは今回振ったダイスのうち「1個をポイする」か「2個1組を取り替える」か選ぶことができる。自分のオーナー猫やら賭け猫を有利に動かすようにダイスを弄る余地があるわけだ。
 このレースフェイズは簡潔ながら他のゲームからそのまま拝借したのではないオリジナリティがある。……ように見えるけど、ひょっとしたら元ネタがあるのかもしれないw
 このルールの特徴的なところは、それぞれの猫のポジションが一目で理解しやすいところだ。一巡目が終わるとつい「枠入り完了。スタートしました。まず飛び出したのは1枠アポロ。おっと、ジャバは出足がつかない。モキチとリリーが後を追う。アレックス、バスチアンが続いて、先頭は第1コーナーへ」とか実況の真似事がしたくなる。ロイヤルターフは区切りのタイミングで一息入れて盤面を見渡す暇がないので、この感覚はこのゲーム特有の楽しさだと思う。
 時間の縦分割と横分割の違いとでも言おうか。ロイヤルターフは淀みないレースのダイナミクスを肌で感じるんだけど、落とし込み方としてはとても抽象的なので、普段の感覚に近しいのはこちらという気もする。
 さて、この時間の横分割、フレーバーはとても豊かなんだけど、一方で展開を生み出す妙味には若干乏しい。どういうことかというと普通に先行有利w 大逃げを狙う馬があたかもスタミナ切れでズルズル下がっていく風景すら再現したロイヤルターフのそれと比べると割と淡々としている。先行した人気馬は止まる要素が少ないんだよね。まあ、「やっぱロイヤルターフはそこが華やかでさあ!」と熱を込めたくなるようなロイヤルターフ好き人間の話なのでここは若干話半分で聞いて欲しいんだけどw
 さて、レースにダイナミクスを生み出すためにジジニャーゴが取った手法は何か。それが「ブースト」。3角手前から4角出口にかけて猫を追い出しにかかるゾーンが設けられていて、ここで未使用のワーカーを一つ生贄に捧げることで猫は猛烈な加速を果たす。なるほど、先行勢の動きに変化をつけられないなら、追い込む側にギミックを付け加えればいいという発想だ。まあ、先行勢がブーストで押し切るパターンもあるけどw
 「強すぎると思ったらワーカー減らしてもいいですよ」とルールに書かれているほど強力なブーストではあるが、ブーストの発動は手番プレイヤーの任意によるもの。つまりブーストゾーンに意中の猫がいるか、タイミングよく手番が回ってくるかどうか、不確定要素が大きい。逆に意図して嫌な猫をブーストゾーンから追い出してしまう小技もある。

 ルールだけ読むとちょっとゴテゴテしすぎかも? と思うんだけど、局面局面の選択肢はさほど多くもなくて遊びやすい。強すぎるかも、というブーストもなかなか思い通りにはいかないし、最終レース前に稼ぎすぎるとヘイトを集めて沈むのはロイヤルターフと同じだw まあ、逆転要素としてのブーストや持ち猫ボーナスがあるので全公開ロイヤルターフほど絶望的ではないけどw

 実際のゲームでは、第1レースでは賭けた猫を全部入賞させて配当をせしめ、マークされた第2レースでは騎手でコツコツ賞金を稼ぐ。僅差でトップの第3レースは不利な状況。マークを外すために持ち猫に敢えてベットせず、最後のブーストで逆転を狙うもののまさかの1ゾロw 期待値出れば勝ってたのにw 最終的に勝ったのは、賭けた猫を次々に入賞させた最下位のプレイヤーでした。
 第3レースだけは配当が2倍になるので逆転性はかなり強め。予想外に大金が舞い飛ぶのが派手で楽しい。それだけに第3レースでヘイトを集めすぎないようにしゃがむのも一つの戦術w
 この日は3人で遊んだので常に1vs2の構図になった。こうなると無勢な側はかなりしんどいので4人以上で遊んだほうが損得関係がより複雑になって面白いだろうね。
[ 2014年03月20日 22:50 ] レビュー・感想 | TB(0) | CM(0)
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